高齢化住宅に必要な3つの視点-4

4章:「死に金」にしない、人生を愉しみ尽くすための「攻めの資産活用」

なぜ日本の高齢者は、不自由な古い家に住み続けるのか

日本には、世界でも類を見ないほどの膨大な個人金融資産が存在しますが、その約3分の2を60代以上のシニア世代が保有していると言われています。それにもかかわらず、多くのシニア世代が、冬は極寒で夏は酷暑、あちこちに段差があり、子どもが巣立ってガランとした古い家で、暖房費を節約しながら、小さくなって暮らしています。

「将来、病気になったり、介護が必要になったりしたときのために、お金を残しておかなければならない」

「自分が死んだ後、子どもたちに少しでも多くの遺産や、この土地・建物を残してやりたい」

こうした健気で、真面目な思い込みが、多くのシニア世代の足を縛っています。しかし、ここに大きな落とし穴があります。老後の不安のためにお金を貯め込み、劣悪な住環境で我慢を重ねた結果、本当に身体を壊して寝たきりになり、結局その貯めていた大金を医療費や介護施設の入居費用として一気に消費してしまう。あるいは、親切心から残した古い実家が、子どもたちにとっては「処分に困る負の遺産(空き家問題)」となり、兄弟間での相続トラブルの種になってしまう。これでは、一生懸命働いて稼いできたお金が、全く活かされない「死に金」になってしまいます。

Die With Zero(ゼロで死ね)」という、これからの賢い選択

私たちはここで、ひとつの明確なライフ哲学を提案したいと思います。それは、「自分の人生で稼いだ資産は、自分の人生を豊かにするために、生きているうちに賢く使い切る」という思想です。アメリカの起業家ビル・パーキンス氏が提唱した「Die With Zero(ゼロで死ね)」という考え方は、これからの長寿社会を生きるシニア世代にこそ、最も必要なマインドセットです。

お金というものは、ただ通帳の数字を眺めるためにあるのではなく、それを「価値ある経験」や「日々の幸福感、健康」に変換して初めて意味を持ちます。そして、60代から80代という人生の黄金期において、最も価値のある投資先は、一日の大半を過ごす空間であり、すべての生活の基盤である「自宅(住環境)」をおいて他にありません。

古い実家を、これからの20年、30年を最高に快適に、そして健康に過ごせる空間へと劇的にリフォームする。あるいは、人生の最期を豊かに過ごすための小さな、しかし極上の平屋へと建て替える。この「攻めの投資」にお金を使うことは、決して贅沢な浪費ではありません。自分自身の健康寿命を買い、日々の幸福度を最大化するための、最も賢明な資産の活用方法なのです。

子どもたちへの最大のギフトは、現金ではなく「親の自立した笑顔」

「子どもに遺産を残さないなんて、親として冷たいのではないか」と感じる方もいるかもしれません。しかし、現代の子育て世代の本音を紐解くと、全く異なる景色が見えてきます。

今の40代や50代の子ども世代が、高齢の親に対して最も望んでいることは何でしょうか。お金を残してもらうことでしょうか。決してそうではありません。彼らが心から願っているのは、「親がいつまでも大病をせず、ボケず、寝たきりにならずに、自分たちの足で立って、毎日を楽しそうに生きていてくれること」です。

親が不健康な家に住み続け、ヒートショックで倒れたり、転倒骨折で寝たきりになったり、認知症が急激に進行したりすれば、子ども世代は精神的にも、時間的にも、そして経済的にも、非常に大きな介護の負担を背負うことになります。現代の現役世代は、自分たちの仕事や子育て、住宅ローンでただでさえ満身創痍です。そこに親の介護が重なる「ダブルケア」や、介護離職のリスクは、彼らの人生設計を大きく狂わせます。

親が自らの意志で、自らの資産を使い、健康でいられる最高の住環境を整えること。そして、誰の手も借りずに、最期の日を迎える直前まで、趣味を楽しみ、友人をもてなし、生き生きとプライドを持って自立した暮らしを営むこと。その姿を子どもたちに見せることこそが、中途半端な現金や土地を残すことよりも、何百倍も価値のある「子どもへの最大のギフト」になるのです。

先祖から受け継いだ大切な土地や本質的な資産(魂)は次の世代へしっかりと引き継ぎつつ、自分が必死に働いて築いた自己資産は、自らの健康と誇りのために大胆に投資する。この「攻めの資産活用」へのシフトが、これからの高齢化社会を明るく照らす鍵となります。

結び:これからの高齢化住宅が目指すべき地平

「暮らしのサイズダウン(減築)」と、前向きな「余白」の設計

これまで述べてきた「健康(室温・湿度・素材)」と「資産活用」の視点を持って、具体的にこれからのシニア住宅を設計する際、外せないキーワードが「減築(げんちく)」「余白(よはく)」です。

子どもたちが独立し、夫婦二人、あるいは一人暮らしになった家において、かつての子供部屋や広すぎる客間は、ただ冷気を溜め込み、掃除やメンテナンスの負担を増やすだけの「お荷物」になってしまいます。そこで、思い切って使わない2階部分を解体して平屋にしたり、部屋数を減らして大きなひとつの空間に統合したりする「暮らしのサイズダウン」を提案します。

部屋を細かく区切るのをやめ、リビング、ダイニング、寝室、水回りを、温度差のない大空間の中に緩やかに配置することで、家事動線は劇的に短縮されます。無駄な移動がなくなり、生活のすべてが一階の暖かいワンルームの中で完結する快適さは、一度体験すると元には戻れません。

そして、その空間には必ず「もしものための介護スペース」ではなく、「今、人生を楽しむための余白」を設けるべきです。

  • お気に入りの本に囲まれて、庭の緑を眺めながらコーヒーを飲む読書コーナー
  • 地元の木をふんだんに使った、友人たちを招いてお酒を酌み交わせる広いキッチンカウンター
  • 時間を忘れて没頭できる、道具の手入れが行き届いた趣味の作業場

こうした「前向きな余白」がある家は、住む人の心を裏側から支え、毎朝ベッドから起き上がる明確な「目的(生きがい)」を与えてくれます。

地域の工務店が果たすべき、これからの役割

このような、住む人の人生の哲学にまで踏み込んだ家づくりは、全国一律の規格住宅を大量生産する大規模なハウスメーカーや、カタログの数字(スペック)だけで家を売る建築業者には到底不可能です。

これからの高齢化住宅を支える主役は、地域の気候風土を誰よりも熟知し、山の木の特性を見極める眼を持った、地元の職人であり、工務店です。

地元の山(例えば、静岡であれば天竜の美しい山々)から切り出された良質な杉や檜を使い、職人が手刻みで組み上げる伝統的な軸組の技術。それは、日本の風土において最も建物が長持ちし、かつ住む人の身体になじむ普遍的な知恵の結晶です。私たちは、単にお施主様から言われた通りの図面を引いて家を建てるだけの「請負業者」であってはなりません。

住み手がこれまでにどんな人生を歩んできて、これからどんな最期を迎えたいのか。その物語に徹底的に耳を傾け、時には「そんなにお金を残さず、もっとご自身の快適さのために使いましょう」と背中を押し、人生の後半戦を伴走する「ライフカウンセラー」であり「暮らしのパートナー」であるべきです。

数値だけの高性能に惑わされず、化学薬品に頼らず、本物の自然素材とパッシブデザインによって、心と身体が歓ぶ住まいを作る。それこそが、これからの高齢化社会において、日本の住宅が目指すべき、真に豊かで誇り高き地平なのです。