循環型社会の家造り-58

2019.02.24
category: ブログ

 日本は戦後の後始末を終え、昭和30年代に入ると高度経済成長期に突入しました。
急激な産業拡大により工場や都市に集まる人のために、とにかく数を確保するための住宅政策が推し進められました。

 また、めざましい発展を見せる産業の中に住宅産業も属しました。

 かくしてこのニーズに応えるために、家は規格化され生産効率が最優先されました。
建築材料の工業化が始まり、プレファブ住宅として家そのものも工場で造られるようになりました。

 核家族化が進み、人々の暮らしが経済的に豊かになり始めたこの時代に、同時に安易な西洋化も始まりました。
それは戦前という時代を全面的に否定したかった時代の表れだったのかもしれません。

 戦前のプライバシーを全面的に否定された悲しい経験を子供にさせまいと、親は子供に個室を与えカーペットを敷き、果てはエアコンを取り付けテレビまでも置き、まるで食事と風呂とトイレ以外は部屋から出るなといわんばかりの個室中心の家造りが、当たり前のようになってしまいました。

 こうして数を確保するために住宅産業界から押し付けられた、効率化と規格化の象徴である○LDK住宅という概念を、人々はいとも簡単に受け入れてしまったのです。

 高度経済成長下では、大量生産、大量消費が時代の流れでした。
一家に1台だったテレビは2台、3台になり、一軒に1台だったエアコンは、各部屋に付けられるようになりました。エアコンの設置は人々に窓を閉める生活の快適性を与えました。

 人々はますます部屋にこもり、世の中の喧騒と離れ、自分のプライバシーだけを大切にするような生活パターンにはまっていきました。
 高度経済成長が終わり、昭和が平成になり、バブルがはじけてその後始末がようやく終わろうとしている現在でさえ、この流れは変わってはいません。

 住宅にはますます断熱性能、気密性能、遮音性能、防犯性能が求められ、人々の多くは外の世界と遮断できるシェルターのような家を欲しがっています。